『 ・・一人でも多くの人々に、個々人の成仏出来ていない大勢のご先祖様について気づいて欲しいのですが、サインが送られても、ほとんどの場合でその存在を無視しています。
言い換えると成仏出来ていないご先祖様に対する思いやりが無いため、気付けないともいえます。
個々人が自分一人の努力だけで生きているのではなく、ご先祖様によって支えられて生かされていることに気付かなければなりません。
私自身のご先祖様は私に一縷(いちる)の望みを託してサインを送り続けていたのに、私自身も理不尽な状況下で気付かされるのに相当な歳月を要しました。
そのような中で、ネット上で星椎先生に出会いました。
一方で始末の悪い問題児でニートになってもおかしくなかった私をご先祖様は支えて下さっていました。
私自身が生まれてきて生かされてきた意味がそこにあったと思います。
まだまだ至らぬ私ですが、仕事と生活と先祖供養を心に銘じて前に歩んでいきます。 』
星椎水精先生のコメント:
未だにお墓まいりや法事を先祖供養だと思っている人がまだまだ多い。さらに、霊障だというと、先祖が末裔を祟るはずがないと反論する人が必ずいる。これは、自分が先祖の立場だったら、大事な子や孫を祟るはずがない、という理屈なのだが、これが大きな勘違いで、祟っているのではなく、助けを求めているのである。こういう人は大抵が無神論者で、死後の先祖の苦しみを全く理解できないのである。成仏出来ていない先祖は、いわば溺れている状態で、そのような先祖に末裔を助ける力はなく、生きている我々に縋(すが)ってきているのである。自分が抱く思い込みを180度変えないと、真実は見えては来ない。限られた時間の中でいかに早く先祖に気づき、こちらの浄霊に辿り着くかで、先祖と自分の命運が決まる。生かされている意味は、そこにある。
未だにお墓まいりや法事を先祖供養だと思っている人がまだまだ多い。さらに、霊障だというと、先祖が末裔を祟るはずがないと反論する人が必ずいる。これは、自分が先祖の立場だったら、大事な子や孫を祟るはずがない、という理屈なのだが、これが大きな勘違いで、祟っているのではなく、助けを求めているのである。こういう人は大抵が無神論者で、死後の先祖の苦しみを全く理解できないのである。成仏出来ていない先祖は、いわば溺れている状態で、そのような先祖に末裔を助ける力はなく、生きている我々に縋(すが)ってきているのである。自分が抱く思い込みを180度変えないと、真実は見えては来ない。限られた時間の中でいかに早く先祖に気づき、こちらの浄霊に辿り着くかで、先祖と自分の命運が決まる。生かされている意味は、そこにある。



