こちらで供養を申し込む人の中には、先祖霊との接し方が非常に悪い人がいる。例えば自殺者の浄霊にしても、自殺した人がどのように苦しんでいたかも考えずにただ浄霊を行うと、何の感謝もなく終わってしまう。そして、それ以上の供養を行うこともしない。
そもそも、自殺者やガンで亡くなったりする人は、その家の犠牲者である。従って、自殺者などを浄霊した後は、次は身近な人で、大きな病気で亡くなった人を順番に供養してあげることが重要なのである。先祖霊のことなど何も感じない人や、自分の家は供養されていると思い込んでいる人は、いざ自分の死期が近づくと、身内はおろか先祖までが助けることをしなくなる。孤独死は、そのような状況下で追い詰められた結果である。
無神論者で、誰も寄せ付けないような人が歳をとると、先祖も寄り付かなくなる。顔にその表情が表れ、非常に冷たい厳しい顔となってゆく。それに対して、優しい末裔は先祖霊との交わりも多くなり、若い頃から病気がちであるが、一旦、こちらでの浄霊を行うと、たちどころに効果が表れるようだ。
最近は、高齢の方からの申し込みが増え始めている。彼らには、ほとんどど欲というものがない。だから、先祖霊に対する接し方が純粋である。その純粋さに呼応して、先祖たちも感謝の気持ちを伝えようとする。
金銭的に余裕のある人もいれば、全く余裕のない人もいる。しかし、送られてくる手紙やメールからは、温かい心が伝わってくる。それは、同時に先祖霊に対する接し方も同じように温かく、先祖も供養をしてもらうたびに喜んでいるのが良く分かる。
自分のためではなく、欲を持たず先祖のために行うことに、浄霊の意義がある。



