先祖供養は本当に効果があるの?先祖の供養を考えた正しいやり方を解説

先祖供養を解説する記事のサムネイル画像

※本記事では一般的な視点で考えられている先祖供養に関する内容と、アトランティス協会の教えでもある先祖供養に関してと、二通りの視点で解説を行ったものとなっております。

「先祖供養」と聞くと皆様はどのようなことを思い浮かべますか?
先祖の供養はしたほうがいい、という事を耳にすることも少なくはないかと思います。

先祖の供養の為に手を合わせる女性

実際に、先祖の供養をすることでなにかしらの効果を得られるものなのでしょうか。
あるいはしっかりと先祖の供養をしないことで、何か悪いことが起こったりしてしまうものなのでしょうか。
ご先祖様を供養する、という先祖供養には「ご先祖様へ行う感謝」「亡くなった先祖の魂に対して冥福を祈る」という、大きく分けて2つの意味が込められているものとなっています。

普段、日常的に先祖供養をする習慣や考え方はあまり持ち合わせていないものです。
特に現代では、若い人だけではなく、40~50代ほどでも先祖供養に対しての関心は希薄であるとも言われています。
そういった今を生きる人々にとって、とりわけ若い世代には先祖を供養するという考え自体が無い方も多くいるのです。

先祖の供養の為に立てられたお線香

しかし、それはあくまで「先祖を供養する」という考えがないだけで、若い世代の方々も決してしたくない、しなくていいと思っているわけではありません。
では先祖供養を行う事で得られる効果とは一体どのようなものなのでしょうか。
または先祖供養をしない場合にはどういったこをが起こり得るのでしょうか。

先祖の供養で得られた効果を実感している女性

今回はそういった「先祖を供養する」ということがどういったものなのか、そして正しい先祖供養のやり方というのはどういう方法なのか、といったことへ焦点をあてて解説していきたいと思います。
先祖の供養を知る事で、現代を生きていく自分自身にとって、何かが変わることがあるかもしれません。

 

現代では希薄になりつつある先祖の供養

今を生きる人、とりわけ若い世代には「亡くなった先祖に対して供養を行っても意味はない」と考える方が少なくはありません。
あるいは先祖を供養するといった考えを持っている方がまずそう多くないというのも事実です。
しかし実はこの日本では、遥か昔から先祖を供養するという考えと習慣が根付いています。

先祖供養をイメージした風景画像

その「先祖を供養する」として形を今も残しているのが、夏の8月13日から8月16日にかけて行われる「お盆」です。
このお盆は先祖の霊を祀る一連の行事の一つであり、日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事でもあります。
明治までは7月15日頃だったものが、農繁期と重なってしまい様々な農作物に支障をきたしてしまう地域が多くあった為、今の8月15日にすることになりました。

先祖の供養の為に行われるお盆

このお盆も長い年月を経ることで、近年では形式的になりつつあるうえに興味関心を持つ人もやはり少なくなっています。
とはいえ、やはり今もってなお続いている年中行事の一つである為、先祖を供養する意味というのもあり続けています。

今回の記事冒頭にもあったように、先祖供養には「先祖に対する感謝」という意味も込められています。
今ある自分が生き、日々の生活を不自由なく送れることに対する感謝の形でもあり、遥か昔から脈々と受け継がれてきた命というものに対する輪廻への感謝でもあるのです。

先祖供養を感じるイメージ

そういった「今の自分があるのは先祖のおかげである」という事に対する感謝の気持ちを持たなくなってきたのが現代の人々であり、先祖を供養するという意識が薄まってしまっていることの弊害でもあります。
その為、毎日ではなくとも、何かしらのキッカケから、自身の先祖へ対する感謝の気持ちをたまに持てるように、考えられるようになるといいかもしれません。

先祖がいなければ今の自分もいなかった

先祖供養とはではなにか?
先祖とは…と考えると、多くの方は自身の亡くなったご両親であったり祖父母や曾祖父母をイメージするのではないでしょうか。
その場合は両親が2人、祖父母が4人、曾祖父母が8人である為、多くても14人程度の世代までとなります。

先祖供養の為にお墓参りをする老夫婦

しかし、自身のルーツや血脈といった意味で考えた時には、全ての世代を遡っていくとその数はかなりの数となってきます。
仮に10世代前まで遡ろうと考えると、

2人→4人→8人→16人→32人→64人→128人→256人→512人→1024人(10世代前)

といったように先祖というのは過去に多く存在しているものなのです。
当然、先祖も一人の人間であった以上は、その全てが善人であったとはいえない場合もあると思います。
しかし、形はどうあれたったの10世代前だけでも1000人もの命が現代まで受け継がれて来た結果、今の「自分」という存在に繋がっていることもまた事実なのです。

先祖供養をする為に仏壇に対して手をあわせている女性

先祖の供養を行う際には難しく物事を考えることもなく、今こうして自分が一人の人間として生きて生活をしているのは、過去から今に至るまでに命を繋いでくれた先祖達のおかげであるという事実だけでいいのです。
そこに感謝の気持ちを乗せて手を合わせる。
たったそれだけのことでも先祖の供養であると言えるのです。

こうして改めて考えると分かる、普段はあまり気に留めるようなこともない当たり前とも言える感覚が「感謝」であると捉えられるようになり、ふとした瞬間に自分という存在が在り続けることに対して思いを馳せることになる、これも先祖供養の一つの効果であると言えます。

実際に、今までは興味すらもなかった先祖に対する考えや、先祖供養というものに向き合うことで、日々のちょっとした小さな出来事であったり少しの喜びに対しても「感謝」を感じるようになり、心が常に穏やかな状態でいられるようになった、という話もあります。

喜びを感じるイメージ

今の世の中は誰にとってもストレス社会であると言われています。
このような現代だからこそ「心の平穏を得ることができる」という点だけを見ても、先祖の供養を行う意味は十分にあるといえるでしょう。

 

先祖供養というのは功徳を積んでいく行為

皆さんは「功徳(くどく)」という言葉をご存知でしょうか。
辞書では「神仏からよい報いを与えられるような、よい行い。世のため、人のためになるよい行い。」「神仏のめぐみ。御利益(ごりやく)。また、よい行いの報い。」というように記されています。
この功徳を積む、という仏教由来の言葉があり、これは「世の為、人の為に良いとされている行いをすること」という意味です。

功徳を積むことで得られる心の安定

「因果応報」という言葉を耳にしたことがない方はいないのではないでしょうか。
この因果応報という言葉も仏語の一つであり、「過去そして前世での行いの善悪に応じた形で、現在の幸福や不幸という果報があり、そして現在の行いに応じて未来の果報が生ずる。」というように定義されているものです。
このように定義された文言の中にある「現在の行いに応じて未来の果報が生ずる。」というこれこそが、功徳を積むという意味なのです。

ではこの因果応報がどのように先祖の供養につながるのでしょう。

因果応報により頭を悩ませている女性

これは、因果応報の法則に則って考えた場合、先祖供養という功徳により「未来の果報が生ずる(自分にとって良いことが起こる)」ということは至って普通のことであり、何らおかしくも不思議なことではないのです。

今現在を生きる多くの人は、なにか困難や課題、問題といった壁にぶつかった際には周囲が見えなくなってしまいがちなものです。
そうなってしまうと、常に自分の為にと自分を中心に物事を考えてしまう為、自然な行いにより功徳を積むという機会そのものがなくなってしまいます。
そんな時にこそ、日常の生活の中に先祖供養を取り入れることで、先祖の供養を通して清く安らかな心を保てるように努めるということが大切なのです。

先祖を供養したことでほがらかに

それにより自然と功徳を積むことが出来るようになるので、巡り巡って自分に還ってきた特に救われることがあるかもしれない。
そういった、人として大切ともいえる巡りを先祖の供養にて得られるようになるのです。

 

先祖の供養で得られる廻向とは?福をもたらすすごい効果!

仏教における先祖供養の考え方の一つとして「廻向(えこう)」というものがあることをご存知でしょうか。
この廻向という考え方は、記事の冒頭でも紹介した「先祖への冥福を祈る」という行為の一つでもあり、複数の意味を持ち合わせている言葉でもあります。
そして合わせて「祈る」といった行為には自他共に、悟りを得る為の助けとすることといった意味合いまでもが含まれています。

先祖を供養する為に手を合わせている女性

こと浄土真宗においては、阿弥陀仏が人々に救いを与えたうえで、浄土に迎えるといった意味を持ち合わせているということです。
この廻向の持つ細かな意味合いは、宗派などによって多少の違いはあるものの「廻り向かう」と書かれたこの先祖を供養するという行為には「自身が行った先祖供養によって、供養した先祖とそして本人にも仏様から加護を授かれる」という意味が込められています。
このような考えが、先祖を供養することによって、廻り廻って自分自身にも福をもたらしてくれるものなのです。

 

先祖供養の考え方で好転する人生

ここまで解説を行ってきましたが、先祖供養という行為には多くの期待できる効果があるとされています。
ですが、この先祖を供養するという行いはどんな形だとしても「欲心」を含んではいけないもので、欲心を持ってしまうと途端にその先祖供養は意味のない行為になってしまいます。
それがどういうことであるかというと、自身の利益であったり欲の為だけに先祖の供養を始めようという気持ち、または下心からの形だけの先祖供養、形式だけを真似た上辺だけの先祖供養をしてしまうような、先祖供養そのものの本質を捉え違えてしまうと、功徳を積むという結果に繋がることはないとされています。

自身の病気を治したいという欲から行う先祖供養

よくある過ちの一つとして挙げられることに、先祖の供養を行う前にその効果を求めてしまうとケースが多々あります。
例えば、今まで先祖の供養をするという習慣がなかった人が、病気を患ってしまったことにより急に思い立ったかのように先祖供養を始めるといった場合があります。

自身の身を案じるがあまり先祖の供養を考える女性

一見、捉えようによっては先祖を供養することの切っ掛けが出来たようにも感じられるかもしれません。
しかし、この場合の「先祖を供養する」のということの目的と理由は「自分自身の為」でしかなく、「供養する対象の先祖の為に向けた祈り」ではないのです。
これは自分自身の欲を原動力とした供養であり、自己利益を求める行為でしかありません。

その為、先祖供養を行うことで効果を得るには、自己の利益を求めた先にある結果ではなく、先祖を供養するという本来の目的に立ち返り「日々の感謝」「先祖へ捧げる冥福の祈り」という、これらから生まれる副産物であるということを改めて考えておく必要があります。

先祖供養の為に強く祈りを捧げる女性

欲の為に先祖の供養をするのではなく、廻り廻った先に自信へ還ってきた徳が自分自身の幸福へと繋がるのであると知っておくべきでしょう。

どうして先祖供養に効果を求めてはいけないのか

上記にて解説したように、欲を以てして先祖供養を行うことはNG行為であると考えられています。
先祖供養に対しては諸説あるものの、先祖の供養をするということにおいては「自身の悩みを打ち明けて安らぎを得ようとする行為」は「先祖の安らかな冥福を妨げる」とされている説も存在しています。
その理由として挙げられるのが「身近な近親者が悩み、苦悩している姿」というのは、それを知ってしまうと先祖が安心することが出来ないという考えが元になっています。

苦悩し続けている先祖のイメージ

歎異抄(たんにしょう)呼ばれる、日本でもっとも広まっている仏教書に記されている考え方の中には、たとえ亡くなった人であったとしても「最も縁が深い人であれば救うことが出来る」とされたもの存在します。
ですが、悩みを打ち明けるという行為というのは、いくら縁の深い先祖であったとしてもかえって困らせてしまい、安らかな冥福を妨げてしまいかねない、ということなのです。
先祖の供養を考えた際には、まずは先祖の安らかな冥福が守られてこそであり、その結果として「最も縁の深い先祖を救うことが出来るのである」という考えに矛盾を生じさせない為にも、しっかりと気を付けておきましょう。

先祖供養に必要なのはあくまで感謝と祈りである

先祖の供養に必要となるのは、感謝と祈りであるということをしっかりと胸に刻んでおく必要があります。
日々の生活に先祖供養を取り入れることで、様々な効果があるとされているのも事実ですが、これらの出来事はあくまでも先祖に対する感謝と祈りがあってこそ成り立つものです。
廻り廻った結果として自分自身へ、それが幸福の一つとして還ってくるという自然な考え方が最も大切なのです。

 

一般的に言われる先祖供養を総括して

ここまで一般的にこうであるとされる先祖供養に関して解説を行ってまいりました。
必要とされているのは、自分自身の欲にかられた形だけの先祖供養ではなく、先祖のことを考えた安らかな冥福への祈りであること。
そして、その結果として因果応報を伴い、廻り廻っていつかは自分自身へと還ってくるということ。

先祖を供養したことで幸福を得られるイメージ

これらが、一般的な先祖の供養では大切であり、基本的な考えの一つとなっています。
今まで、先祖を供養するといったようなことに興味関心の無かったような世代や、自分自身が先祖を供養することへ対する気持ちの再確認になれば幸いです。

 

本当に知っておきべき本物の先祖供養

ここまで一般的に信じられている、あるいは提唱されている先祖供養に関して解説を行ってまいりました。
しかし、これらのような一般的に先祖供養とされているものは「全ての先祖が良いものである」という前提で成り立っている話なのです。

過去の先祖を思わせるお墓

本記事で先祖供養を解説するにあたり、冒頭では「10世代前にもなると1000人を超える先祖がいる」旨を説明いたしました
それが20代も前になると江戸初期の頃まで遡ることとなり、約105万人ほどの先祖がいることが伺い知れます。
当然、これらの先祖が全て成仏していれば全くなんの問題もないのですが、実際には成仏出来ていない先祖の霊が非常に多くいます。
それらの成仏出来ていない先祖の霊は、生半可な先祖供養ではもちろん成仏などするわけもなく、末裔として現代を生きる我々に黒く重い影を落としているのです。

先祖の霊が与える不幸とその影響

特にこれと言って何か悪いことをしたわけでもない先祖の霊でも、成仏をすることが難しい場合があるとされていることはご存知でしょうか。
そんな先祖の霊達の中には、戦国時代の武将・飢餓で亡くなった者・殺人を犯してしまった者・罪人を処刑することを生業としていた者・自ら命を絶ってしまった者なども多くいます。

先祖の供養が出来ていないことで感じる霊の気配

そういった者は成仏どころか、餓鬼界や地獄界に堕ちてしまい永久に出ることも出来ずに苦しみ続けているのです。

このような先祖の霊を、供養もせずに放置をし続けた結果、現代においては様々な障害が表面化してきているのです。
自身の家族や家の中を見渡してみると、認知症を発症した者、癌などの大病を患った者、仕事を失ってしまった者、家庭内で暴力をふるう者、ギャンブルに依存してしまっている者等、例を挙げると枚挙に暇がありません。
こういった家族たちの変化というものに、先祖の霊が大きく関係しているということに気付いている聡明な方というのはそうそういないものなのです。
に見えないから気付けない、というのが先祖の供養をおろそかにしがちな原因でもあります。

だからこそ必要となる本当の先祖供養

だからこそ、先祖供養において重要となるのは今までに行ってきた様々な先祖供養は無意味であったことを理解する必要があります。
先祖の霊が従来の先祖供養とされる供養では成仏しておらず、今もってなお我々に訴えかけてきており、その方法は家族への異変や不幸事であったりといったように多岐にわたっています。

先祖の供養を感じさせる壮大な空

そういった先祖の声に耳を傾け、しっかりと先祖の供養を通して向き合う事が本当の先祖供養の意味でもあり意義でもあります。

 

先祖供養と不幸事との因果関係

先にも解説したように多くの人が癌を始めとした難病であったり、原因の分からない病気にかかってしまったり、金銭問題を抱えたり、人間関係の不安があったり、家族という一つの個の不和があったりと、大なり小なり悩みを抱えているはずです。

先祖の供養をしないことによる霊障

このような、自身が本来進むべき道を阻害して、円滑に進められなくなっている要因というのが成仏できていない先祖の霊が引き起こしている「霊障」なのです。

「そんなわけがない」

「先祖の霊が自身を苦しめるわけがない」

「見守ってくれているはず」

といったように口にする人も少なくはありません。しかしそれらは生きている人間にとって都合のいい解釈なだけであり、実際には先祖の供養が出来ていない以上は、悪いこととして身に降りかかるのは仕方のないことなのです。
あるいは形式的な先祖供養だけを行っていることで、先祖の供養をしているつもりになっている人も多いのではないでしょうか。
先祖供養というものは自己満足の為に行うものではなく、先祖の為に行うべき供養なのです。

なぜ先祖が我々を苦しめるのか

どうして先祖が今を生きる我々を苦しめてしまうのか、それはすでに解説したように成仏できていない先祖の霊が訴えたいことがあるからに他なりません。
真剣に先祖の霊と向き合わない限りは、先祖は「霊障」という形で気付いてもらおうと必死になってしまうのです。
特に現代の人々は先祖のことはもちろん、神仏に対しても感謝するという畏敬の念すらも薄れてしまっており、仏壇を自宅に置かないといった家庭が大半を占めるようになってしまっています。
これは無神論者が増えてしまっているということでもあります。

先祖の供養をしっかりとしてこなかったが故の不幸

こういったことからも、先祖の供養に対しての関心がなくなってしまっていっていると言えるでしょう。
しかしそれにもしっかりとした理由があり、現代の人々はもはや霊感を持たない・持てない人間が大半となってしまった結果なのです。
霊格の低い人間が増えていることで、成仏できていない先祖の霊は様々な方法で自身の現状を伝えるしか術がなくなってしまっているのです。
もしも、霊障に気づくことなくエスカレートしていくことで、手遅れになり親族の中から末期の癌患者や自ら命を絶ってしまう人間が出てしまうことにもなりかねません。
そうなるともう絶家が目前となり、非常に危険な状態となってしまいます。

 

必要なのは本物の先祖供養による先祖霊の成仏

当アトランティス協会では、先祖の為に行う供養を行っています。

先祖供養を行うアトランティス協会

「先祖供養」と聞くと、一般的には「何度もしなければいけない」「年に数回ないし毎月しなければいけない」といった印象を持つ方も多くいるかと思います。
事実、悪質な所では高頻度での先祖供養を求めるだけではなく、無理な勧誘であったり、高額な物品を買わされるといったケースも珍しくはありません。
そういった先祖供養の皮を被ったまがい物ではなく、本物の先祖供養を当協会では皆様にご案内をしております。
何度も供養をすることなく、先祖の霊1体につき1回の浄霊で必ず成仏させられるようになっています。
この先祖の供養は行うと決めた時点で、その好意を察知した先祖の霊の憑依が外れたり、物事が好転するといったケースも多くあるのも事実です。
先祖供養では、やはり気持ちが大切なものでもあるのです。

明るく前向きな気持ちで向き合える先祖供養

この先祖の供養というのは、一般の葬儀や法事のような暗く陰湿な感じはなく、まるで卒業式のような明るさや希望で満ち溢れているというような雰囲気も特徴です。
実際に先祖の供養を行った方からは、非常に多くの感謝も頂戴しています。
先祖供養を行うことで得られる心の安寧はなにものにも代えがたいものとなります。

先祖供養では心を安らかにして行う

当協会で行う先祖の供養では、まず「無欲」になって行う必要があります。
それは供養の真髄を行うことが必要な為であり、無欲というのは人を助け、そして先祖を助け、結果的に自分自身を助けるものとなります。

先祖供養の為に無欲になるイメージ

あくまで先祖の供養というのは、成仏出来ずに苦しんでいる先祖を助ける為のもので、自身に降りかかる「病気を治したい」「不幸を取り払いたい」「霊障をなくしない」「運気を上げたい」といったような欲を元にして行うものではありません。
そのような欲を持ったままで供養をしても、それらを先祖は見透かしているので良い結果を得ることは難しくなってしまいます。

しかし、しっかりと先祖の苦しみを理解して、無欲な心を以てして供養を行うことで、先祖もそれを認めてくれます。
そういった一生懸命な姿をみた先祖は、霊障を起こすだけではなく今度は応援する側へと回ってくれるようにもなります。
こうして生まれた一体感は、人の持つエネルギーを高めて、人生を前に進めていく原動力に変えていくことが出来るのです。

 

本物の先祖供養をすることで得られる効果

霊感の強い方であれば、当協会で先祖の供養を行った際に、遠く離れていたとしても鮮やかな先祖を供養するシーンを垣間見れることがあります。
霊感があまりない、という人でも、先祖の供養を行ったあとには「身体が軽くなった感じがする」「身体の痛かった箇所がスっと気持ちよくなった」「身体から何かが抜けていくのを感じた」「夢の中へとほほ笑んだ表情の先祖が現れて、成仏したことを教えてくれた」などといった様々な形で、先祖の霊が成仏したことを実感している方も多くいらっしゃいます。

先祖の供養をしたことにより心の安寧を得たときの比喩

先祖の為に供養を行い頑張った人に対しては、先祖もそれを認めてくださるものなのです。
そうすると、今度は供養をした先祖が応援に回ってくれるようになります。
具体的には当協会の浄霊体験談を見ていただいても分かるように、病気が改善したり、物事がスムーズに進むようになったりと、今まで苦しみ悩んできた問題が、まるで嘘のように急に良い方向へと進み始めていく方が多くいます。

そんな浄霊という先祖の供養を当協会では行っています。

 

よく耳にする「除霊」と「浄霊」の違い

先祖の供養をするこの儀式を当協会では「浄霊」と呼んでいます。
あまり聞き慣れない単語であるという方がほとんどなのではないでしょうか。
世間一般的に霊能者たちが使う「除霊」というものは、憑いている霊を一時的に外すだけのものとなっています。
これは霊感が多少なりともある人であれば誰でも出来るものな為、一時的に霊を外せたとしてもまた戻ってきてしまい、何度となく除霊をしても根本的な解決にはつながらないのです。

それに対して「浄霊」というのは、先祖の霊魂を浄めることで、霊界へと導き成仏させる神事のことです。

先祖供養を行うアトランティス神のイメージ

これの浄霊という先祖供養は誰もが出来るものではなく、神との深い約束事を交わし、役目を持った者にしか行えないようになっています。
ことこの地球上では唯一、浄霊の任務を担ったアトランティス神のみがその力を有しており、その最高神官でもある星椎水精氏がその力を具現化することにより、本物の先祖供養でもある浄霊を可能としているのです。

 

しかし中には浄霊といいつつも、実際に行っているのは除霊でしかないという悪質なものも多く存在しています。
浄霊であれば、1度で済むはずなのに、まがい物の浄霊の場合は何度も何度も繰り返しさせようとしてきます。
悩みを抱え、先祖の供養を求める方の中には正しい判断が難しくなっている人もいらっしゃると思います。
しかし、このように大切な事を行う際にこそ、しっかりとした選択が出来るよう気を付けねばならないのもまた事実です。

 

遠隔で行う先祖の供養

当協会の行う浄霊は、全て遠隔で効果を得られるの先祖供養となっています。
先祖の供養を行う際には、事前に当協会より日時をお知らせしています。
そうして先祖供養を行う際に申込み者は、仏壇の前あるいは車の中といったような静かな場所で先祖の成仏を願った瞑想をしていただきます。
およそ5分から10分ほどで完全に先祖の供養は終了いたします。

 

先祖供養に関するまとめ

今回の記事では、先祖の供養に関する一般的とされるものから、本物の先祖供養までを解説いたしました。
お墓参りといった行為や、手を合わせたり読経をお願いしたりといったものは全て形式的なものです。
それらが本当に先祖の供養に役立てているとは言えず、本当の先祖供養ではないと考えられます。
先祖からしてみると、仏壇へ手を合わせて祈りを捧げられても、法事などお経を読まれても、何ら嬉しくは感じないのです。
これらの形式的な先祖供養は、先祖が喜ぶものではないただの自己満足にしかすぎないことを人々はもっと知るべきでしょう。

今回は先祖の供養を分かりやすく「先祖供養」として解説いたしましたが、当協会の行う先祖供養は「浄霊」というものです。

先祖の供養を思わせる壮大な宇宙のイメージ

それはすなわち魂の浄化であり、その役目を当協会が担っています。

我々アトランティス協会は、成仏できない先祖の霊の成仏を行い、個人だけではなく地球の平和と調和、そして先祖霊の救済の為に浄霊を行っています。

先祖の供養に関することならアトランティス協会へとお気軽にご相談ください。

お問い合わせフォームはこちらお問い合わせフォームはこちら
error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました