結婚とは何だろうか。
そもそも結婚とは、過去世で深い縁が生じ、今世でその約束を果たすことになる。しかし、その縁は必ずしも良い縁ばかりではない。悪い縁は、相手への恨みを暴力などで果たすこともある。霊界で裁判所のような場所があり、その恨みを延々と述べた後、来世でその恨みを果たすことが許されることもある。その恨みを暴力など果たした直後、そのカルマが清算される。夫婦間の激しいトラブルは、大なり小なりこのケースが生じている。
良い縁は、理想的な結婚と言うより、お互いがその存在に特別な配慮がなく、ただ自然に助け合っている感じになる。いわゆる空気のような存在である。しかし、そこに至るまでは、ただ呆然と過していたのでは、そのような結果は出ない。お互いの前に向いた考えで一致していなければ不可能である。
そこで、大切なのはお互いの理解であるが、恋愛は2人だけのものだが、結婚は2人だけのものではない。親がいて、さらにその上の祖父母がいて、先祖がいる。恋愛中はとても幸せだったが、結婚した途端に不幸せになった、という家庭も多い。家には因習的な家族と先祖が潜んでいる。
夫婦がうまく行くケースは、この見えない先祖同士の仲がうまく行くか否かでもある。そういう先祖に巻き込まれたくなければ、お互いに結婚をしない方が良いだろう。
恋愛は、宇宙で学んだ通り、自由で束縛がないと言うのが、本来の原則である。ここにマイナスの束縛、いわゆる嫉妬が生じた時、愛は醒める。地球上の結婚は、人間の決めた束縛を維持しなければならない。魂の持つ自由な行動に制限が生じ、それを拒む者同士は別れなければならない。
一般の人は霊が見えないので幸いだが、もし背後にいる夥しい数の先祖を見たら、誰も結婚には踏み込まないだろう。しかし、物理的には、そのような先祖の意識や努力は、遺伝子の中に一部も漏れることなく完全に組み込まれている。率直に言って、結婚とはこの地球では、先祖同士の魂の交流になるのである。夥しい数の先祖が、完璧に仲良くなることはない。結婚当初は静かにしていても、やがて反乱が起こる。それが、大きなものか、小さなものか、利発なものの仲裁がはいるのか、逆に戦争が始まるのか、それは家庭によっての違いが生じる。
これらの先祖を浄化し調和することが、今世を生きるものたちの役目でもある。それができなければ、霊障に引っ張られ、自身のカルマの解消も出来ずに人生を終えることになる。